僕がパチンコ好きからパチプロに変わった時



僕がパチンコを覚えたのは浪人時代の頃だ。何せ予備校の真ん前にでっかいパチンコ屋があったので、授業を受けてる時間よりもパチンコに費やしていた時間の方が多かった。その当時、親からお小遣いプラス食費として毎月2万円をもらっていたのだが、バイトをしてなかった僕にとってはそれが貴重な全財産だった。月の初めにそのお金をもらうとまず最初に行くのはパチンコ屋。お金を持っている時にあのネオンを見るとついつい体が吸い込まれてしまう。とりあえずパチンコ屋に行って元手を増やそうとするのだ。もちろん負けることの方が多いのだが、まれに勝っても気分を良くして必ず次の日パチンコ屋に行った。そしてお金がなくなるまで打ち続ける日々を繰り返したので、月末には昼飯など食えないのが当たり前だった。なんとも親不孝な話しだ。大学に受かり、バイトをはじめたら金銭的にも余裕が出た。・・・はずだが、どうしても月末がひもじい。それもそのはず。年間40万円もパチンコで損してたのだから。負けると「2度とパチンコなんかしない」と言うのが僕の口癖で、仲間から苦笑されていたのを覚えてる。その当時の僕の攻略法というと勝ってる友達の横に座る、当たってる台の下一桁と同じ台にすわる、カメラに向かって素敵な笑顔を振り撒くなどオカルト全開である。
そんな生活をしていたら自然と店の常連たちと仲良くなったりする。その中にせっせと釘を読んでいるおっさんがいた。興味を持った僕はおっさんが店にいるといつも隣に座り、昼飯を食べながらパチンコについてのアドバイスをしてもらっていた。彼はもともと教え好きの人の良いおっさんだったが、大学生に物を教えるという優越感に気分を良くしたのだろう。全ての知識を洗いざらい伝授してくれた。彼の話は理論面で甘かったが、釘の読み方は完璧だった。言われるがまま釘を見ていくと僕のパチンコ収支はその時を境に劇的に変わっていったのだ。そこからさらに試行錯誤で理論を確立していき、大学を卒業して大学院にすすんだ頃にはパチンコ収入だけで学費と生活費を稼げるくらいにはなって行ったのだ(平均月収50万円程度)。


パチンコは理論を確立し、釘が読めるようになれば誰でも必ず勝てるようになる。当サイトを熟読し、実践すれば、誰でも必ず勝てると断言しよう。



新パチプロ生活コラム

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